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らっこ・アーティスト:松田美緒 ふわり翼もち飛び立つ

 当世、セルフ・プロデュースがディーバの証しらしい。とはいえ、自己愛の小宇宙をちんまり描くならともかく、大海原を渡り、歌のルーツをたぐり寄せて再構築、音楽家の賛助をとりつけ、アルバム制作を独力で進めてしまえる才人など、そうそういてたまるか。

 05年デビュー作「アトランティカ」来、そのはなれわざをやってのける、松田美緒。時流におもねらず、誰のまねもせず。ポルトガル語圏の歌手や識者らもまっさおの、着眼点、企画・実行力に、小市民の反応は、ひるむかひれ伏すかのいずれかだ。リスボンのファドに学び、出会いが導くまま大西洋上のカボヴェルデ諸島で“モルナ”を伝授され、ブラジルにたどり着いた。その足跡は、大航海時代の冒険者かとみまごうほど。

 きたる10月3日、7月リオで録音したフル・アルバム3作目「アザス」を、オーマガトキから発表。英知をつめこみ、綿密な構想に裏打ちされた前2作とは、ひと味ちがう出来。ふわふわの雲の羽根布団にくるまれた、ブロンズの声のよう。浮遊感にあふれ、聞く者へ心の平穏さえさずけてくれる。

 最大の収穫は、ギタリストのジョアン・リラとピアニストのクリストーバン・バストス、二人だけの伴奏。饒舌(じょうぜつ)さを嫌う、ブラジルきっての達人に、歌声をゆだねたことだろう。

 「いつか少人数で親密な空気のアルバムを作りたい、という気持ちがありました。いつかこの二人と一枚アルバムが作れたら、どんなにいいだろうと思っていたら、思いのほか早く実現したので、まだ信じられないくらいです」

 ジョアンの家で、まるで「鼻歌を歌うように、自然に編曲ができていた」と彼女。だから「今回は編曲をゆだねるというより、私が二人に自分をゆだねた、と言ったほうが正しいのです」とも。

 この安らぎが、硬質の歌声を伸びやかにした。彼女のポルトガル語詩に、リオのピアニストが旋律をつけたタイトル曲は“翼”の意。アルバムの主題は、地上のどこともつながっている“空”だ。

 「今回は、等身大な自分を歌いたいというのがありました。好きな歌を選んで、二人の巨匠と録音して。それが自然にストーリーをつくってくれたように思います」

 ボサノバ前夜、歌謡サンバ時代の名ソングに、さりげなく配された日本の歌がいい。武満徹、60年代の2曲や、浜口庫之助「みんな夢の中」。すべて同等にいつくしむ。中山晋平「ゴンドラの唄」は、ブラジル北東部の哀調と、幸せな融合をみた。ファド「神様」にいたっては、運命の嘆きをやめ、ゆるいブラジル人の哲学へと昇華した。まさに翼をもちて飛び立つ、乙女のかろやかさだ。

 海洋……いや、空の旅人、松田美緒が、北東部出身のマエストロを招く。ジョアン・リラの参加が決まった国内ツアー、10月いっぱいかけて全国を飛びまわる。(音楽ライター・佐藤由美)

毎日新聞 2007年9月13日 東京夕刊

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